2014年4月22日火曜日

4/22 modepress 新たな仲間も増えてパワーアップ!「ミナ・タン チャーム」で東北復興支援、23日から









新たな仲間も増えてパワーアップ!「ミナ・タン チャーム」で東北復興支援、23日から

2014年04月21日 17:30 発信地:東京 【写真】 【ブログ】
デザイナーの芦田多恵(Tae Ashida)と宮城県南三陸町の縫製技術者がコラボレートした、大人のためのチャーム(マスコット付きキーホルダー)「MINA-TAN CHARM(ミナ-タン チャーム)」。(c)Jun Ashida

4/22 25ans “MINA-TAN FAIR”

http://www.25ans.jp/charity/docharity/minatan14_04/




CHARITY

みんなでチャリティ
Update:
 
2014/04/14
南三陸から世界に発信

TAE ASHIDA 直営店で“MINA-TAN FAIR!”開催

新作のウマがデビュー

ミナタンチャーム
ZOOM
4月23日(水)~5月6日(火)、TAE ASHIDA 直営店(ブティック アシダ 本店、銀座店、御堂筋店)にて“MINA-TAN FAIR”を開催します。
“MINA-TAN CHARM”(ミナ・タン・チャーム)は、ネコ、キリン、イヌに加え、新作のウマがデビュー。
バッグチャームやキーホルダーとして、インテリア小物に、そして大切な方へのギフトにもぴったりです。
<左から>ウマのキーラ ¥15,000 キリンのサン ¥13,000 イヌのリック ¥14,000 ネコのミナ¥15,000 ウマのキーラ ¥15,000
※すべてハンドメイドのため表情がそれぞれ異なります。
お問い合わせ先:株式会社ジュンアシダ tel.03-3463-8631
“MINA-TAN CHARM”は、株式会社ジュン アシダによる長期的な東北復興支援を目的とした高品質な小物制作のプロジェクト“Support Tohoku Eternal Project”の一環として、デザイナー芦田多恵さんと宮城県南三陸町の縫製技術者がコラボレートし、誕生しました。芦田多恵さんによるデザインおよび技術指導、主にイタリー製の残布やパーツを提供し、プロジェクトをサポートしています。一つずつ丁寧な手仕事とハイクオリティな素材が融合したキュートでラグジュアリーな大人のチャーム(マスコット付きキーホルダー) の販売金額から制作経費を除く全額が、工賃として縫製技術者に支払われます。
MINA-TAN CHARM特設サイト http://mina-tan.com/

4/22 Mercedes-Benz Fashion Week Tokyo “MINA-TAN FAIR”




2014年4月5日土曜日

三越伊勢丹 大誕生祭 ライオン特集 三越限定ミナタンチャーム


〈ネット販売受付中!〉


三越伊勢丹 大誕生祭 ライオン特集


三越限定ミナタンチャーム


[品名] 三越伊勢丹 大誕生祭 ライオン特集

三越限定ミナタンチャーム

[商品番号] A87814100

【素材】各種

【サイズ】高さ:10.5cm、幅:5.5cm、長さ:15.0cm

日本製


※こちらの商品は日本橋三越本店からお届けします。


www.mitsukoshi.co.jp/shop?EcLogicName=category.shouhindetail&genre_cd=20&lcat_cd=2036&mcat_cd=203601&scat_cd=20360104&kessai_cd=100&sho_cd=87814100&shop_cd=TW&mise_cd=1050&hincode_f=0&soldout_type=0&soldout_link_f=0

4/5 日本橋三越 ミナタンチャーム













4/5 三陸鉄道 藤原紀香さんのFacebookより

https://www.facebook.com/norika.fujiwara628/posts/689761581084751:0

藤原紀香さんが今日三陸鉄道の式典に出席されるのですが、Facebookのその記事でチャームをご紹介下さいました。










4/5 ならコープ たつたがわ店




2014年4月4日金曜日

jun ashidaとTAE ASHIDA が創る一世紀 - フランス生活情報 フランスニュースダイジェスト より

ミナタンチャーム、パリでも販売中!

http://www.newsdigest.fr/newsfr/features/6268-jun-ashida-and-tae-ashida.html


jun ashidaとTAE ASHIDA が創る一世紀 - フランス生活情報 フランスニュースダイジェスト http://www.newsdigest.fr/newsfr/features/6268-jun-ashida-and-tae-ashida.html @newsdigestさんから




高貴な伝統・品質を保ち、纏う喜びを届ける jun ashida とTAE ASHIDA が創る一世紀

Jun Ashida 革新家でありながら伝統を守る 1963年から半世紀

モード黄金時代の伝統の香り

ココ・シャネルやクリスチャン・ディオールなど、フランスのファッション界を牽引してきたメゾンは、デザイナーの引退とともに、スタイルが徐々に変わっていった。ファッション界の高貴な文化も、時代とともに商業化され、消え去っていった。あのモード黄金時代を知るフランスのマダムたちは、失われてしまった本物の衣服の美しさや心地よさを懐かしみ、行き場を失っていた。
そんなマダムたちが、再び洋服への喜びを取り戻した場所、そこがフォーブル・サントノーレ34番地、jun ashidaパリ店だった。ここには、高貴なモードの文化を受け継ぐ確かな質が守られた洋服がある。そして、パーフェクトな職人芸も残っているのだ。
芦田淳。昨年メゾンを立ち上げて50周年を迎えた。メゾンを立ち上げた本人が50周年を祝えるブランドというのは、モード界の中でも珍しい。皇太子妃(現皇后)美智子様の専任デザイナーを務め、アトランタ五輪の日本選手団公式ユニホームも手掛けた、文字通り日本を代表するデザイナー。お客様が普段着ることのできる確かな服を作りたいと、華やかなパリコレクションから撤退し、その変わりにパリに直営ブティックを開いたのが今から20年前のことだった。

芦田淳とパリ

海外渡航がまだ珍しかった1963年。髙島屋の顧問デザイナーだった淳は欧州視察で憧れのヨーロッパを訪れた。その中でも最も印象に残ったのが、パリだった。美しい街並みに広々とした道路。一流ブティックが集まるフォーブル・サントノーレ通りでは、おしゃれな紳士淑女が行き交い、ブティックの店先には洗練された洋服が陳列されている。まるで街全体がショーウインドーのようで、圧倒された。その中でも特に気になったものがあった。子供服だ。自分の娘に着せたいと、2カ月のヨーロッパ滞在で、ダンボール3箱になるまで買い集めた。
このお土産が日本に帰国後、思わぬ副産物をもたらす。淳はフランスの子供服の確固たる哲学に感動し、65年、これに影響を受けた子供服のブランド「少女服」を髙島屋から発表。当時では珍しい6~13歳を対象としたこのブランドは注目され、宮内庁の関係者の目にも留まった。この縁で、浩宮徳仁親王(現皇太子)様の背広を手掛けることになる。こうして、66年、36歳の若さで皇太子妃美智子殿下(現皇后陛下)様の専任デザイナーとなった。

パリコレとパリのブティック

75年に独立し、77年の春、憧れのパリコレに初めて参加した。フィガロ紙は一面で「日本の皇室から飛び出してきたデザイナー」と報じた。赤いちりめんの布に家紋、絞り染めの生地、帯留めを取り入れたドレスなど、東洋風のドレスに関心が集った。しかし憧れのパリで、華やかな舞台であったにも関わらず、しっくりと来ない違和感が付きまとっていた。いくら話題になっても、具体的なビジネスにはつながらなかったからだ。つまり、お客様が欲しいと思う商品ではなかったのだ。ショーに掛かる人件費、材料費などを含めると、1回のショーで数千万円掛かってしまう。そこで、時代の流れに逆行する形ではあったが、パリコレから撤退することを決めた。
あくまでも追求したいのはエレガンス。美を通じて、 人の役に立つためには、常に着る側を思いやる愛の心が大切で、知に足の着いたビジネスをしていかなくてはならない。こうして、89年、パリの高級ブディック街、フォーブル・サントノーレ34番地に直営店を開いた。63年に「街全体がショーウィンドー」だと心を奪われた、この通りに。

jun ashida 50周年

時代の移り変わりとともにめまぐるしい変化を遂げる ファッション界で、デザイナーは消費者から見放されしまえば引退を余儀なくされる過酷な世界。そんな中、常に第一線で活躍してきたjun ashidaは2013年、メゾン創立50周年を迎えた。これを機に、淳は社長から会長に退き、娘婿の山東英樹氏が社長に就任した。
時代の寵児として戦後日本のファッション界を開拓し、プレタポルテの先駆けとして活躍、花の都パリでは黄金時代の伝統を守る役割も担いながら、駆け抜けた50年。この栄光の陰には、生地の買い付けから仕上がりまで、徹底的な品質・商品管理を支えてきた友子夫人の存在がある。83歳になった淳は、今でも衰えることのない服作りへの情熱を大切にし、デザイナーとしての仕事に専念している。今、jun ashidaの新たな半世紀への扉が開いた。
jun ashida
* ウェディングドレスの価格はお問い合わせください。

Original Items

Compassは中心の穴に 両手を入れそのまま着用する円形のストール。軽くショールのようにはおったり衿もとにさりげなく巻きつけたり、さまざまな着こなしを楽しめる。Bambouは幾重にも重ねた立体的な切り替えが構築的ですっきりと美しいシルエットを描く軽やかなティアードパンツ。デニムタイプからシフォンが揺れるカクテルパンツまで展開。
Jun Ashida Original Items

TAE AHIDA 経営と創造を分離させた新体制 次の半世紀を動かす

伝統を受継ぎ未来を開拓
デザイナー、芦田多恵にインタビュー

革のブルゾンとイヴニングドレス、カクテルドレスにデニム生地など、スタイルの異なる素材を組み合わせ、自由で新しいエレガンスを生み出した芦田多恵。1991年にmiss ashidaコレクションを発表してから早23年。偉大な父を持つプレッシャーを跳ね除け、見事に独自の道を切り開いた。2012年からはブランド名を自らの名前を掲げたTAE ASHIDAをコレクションラインとして立ち上げ、(フランスにおいては2008年よりTAE ASHIDAレーベルで展開中)、次の半世紀を担うデザイナーとして確固たる地位を築いた。普段の生活にも着こなせるデザインや確かな品質、仕上げにこだわる職人意識は父譲り。芦田家に伝わる伝統を守りながら、新しい時代を開拓する勢いは止まらない。

偉大な父親を持つプレッシャーというのは?

「親の七光り」と思う方がいるだろうというのは分かっ ておりましたし、父と比べられることがあるのも仕方がないことだと思っていたので、私自身は周りが驚くほど、最初から淡々としていたようです。ただこの世界は、自分がしっかりと努力をしていかなければ、世間には認めてもらえない厳しい世界。ですから、自分のできることを努力していこうという気持ちはありました。物を作るという作業は、自分との戦いなので、同じ業界にいながらも、父にはデザインのことで相談はしませんでした。  
父から学んだことはたくさんあります。特に当社の洋 服作りの信念はこれからも大切にしていきたいと思っています。つまり、ただ美しいだけではなくて、いろいろな場所で着ていただけるような機能性も伴うこと、またお客様に対して真摯な姿勢で向き合うことだと思います。

スイスの高校で学ばれ、その後アメリカへ

今のようにインターネットがない時代でしたから、国が異なれば価値観も異なり、いろいろな考えがあることを学び、視野が広がりました。また海外に出て、日本のよさにも改めて気が付きました。  
アメリカの大学では「物づくり」について徹底的に学びました。美術大学だったので、そこにいるのは全員アーティストを目指す学生。しかし先生は「自己満足は通用しない。社会に順応できるアーティストになりなさい」 ということを生徒に徹底的にたたき込んでいました。「物を作ったら、その商品が全てを語ってくれると思ったら大間違い。コンセプトを自分できちんと言葉にして説明できなかったら、価値が半減する」と。その当時は、まだ「プレゼンテーション」という言葉がまだ日本では知られていなかったので、この期間に学んだことは、仕事をするようになってからも本当に役に立っています。

これまでに担当した仕事の中で、 印象に残っている仕事は?

2010年に宇宙飛行士の山崎直子さんの船内服のデザインをさせて頂いたのですが、自分の作った服が宇宙でも着られたことは印象に残っています。私たちは実際にこの服がシャトル内で着られるのか、知らさせていなかったので、山崎さんが私の作った服を着て、無重力の中で宙返りしている写真を新聞で見たときには、とてもうれしかったですね。

2012年に新しいブランド 「TAE ASHIDA」を立ち上げられました

「miss ashida」は父が立ち上げたブランドなので、好んで着てくださるお客様のイメージに沿った作品を作ろうという責任感が強くありました。2012年に「TAE ASHIDA」を立ち上げることによって、自分のカラーのブランドと、「miss ashida」というブランドをはっきりと分けることができたので、自分の中では割り切れた気分です。

パリ店への思い、今後の発展をお聞かせ下さい

パリへ来るたびに、徹底的に美を優先するフランス人の美意識や街並みの美しさには驚かされ、刺激になっています。ありがたいことにフォーブル・サントノーレの宝石のような場所に店を構えさせていただいているので、いろいろなことを発信して、日本のデザイナーとしてしっかりとパリの街に根付いたブランドと認めていただけるように、更なる努力をしていきたいと思っています。
TAE ASHIDA
レザーパッツ(レッグ)

南三陸から世界に発信 S.T.E.P.の取り組み

ミナタンチャーム宮城県南三陸町の復興支援の一環として、株式会社ジュンアシダがあるプロジェクトを立ち上げた。それは、南三陸の仮設住宅に入居している縫製技術者と芦田多恵のコラボレーションで、高品質なチャームを製作すること。寄付という形ではなく、工賃を支払うことで長期的な支援を可能にし、多恵自ら指導に当たることでハイクオリティなチャームが完成した。TAE ASHIDAの服を作る上で出た端切れやボタンなど、イタリア製の高級素材を使用したチャームは、「被災地の手作り品」としてではなく、「世界に通用するブランド」として選ばれている。
http://mina-tan.com (パリでの取扱店 jun ashida paris)

Jun Ashida Paris 

34, rue du Faubourg Saint-Honoré
75008 Paris
Tel: 01-42-65-09-30 
月~土10.30 ~18.30( 日祝休)
www.jun-ashida.co.jp